性善説はそういう意味じゃねえよ

2022/06/06 23:49

ビジネスの場などで「性善説」「性悪説」という言葉をたまに耳にします。例えば、
「当社では性善説に基づいて新人教育を行う」
「性悪説に基づいてセキュリティ対策を実施する」
ほとんどの場合このような使われ方をしています。前者はみなが善人である前提で教育すること、後者は悪人を考慮してセキュリティ対策を実施することを意味します。ですが、これは完全に誤用です。そしてこの誤用は到底許容されるべきでないと考えています。以下でその理由を詳らかにします。

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そうめんの良さがわかってきたかもしれない

2022/06/02 22:42

昔はそうめんや蕎麦の類はそこまで好みませんでした。味に彩りがない上ワンパターンであるように感じられたためです。育ち盛りの頃は腹持ちの悪さも悩みのタネでした。

最近昼飯のレパートリーに困ってそうめんに手を伸ばすようになったのですが、昔は感じなかった満足感を得るようになりました。涼やかで後味がスッキリしているのが今の私のツボにはまったようです。胃への主張も激しくないし。ジャンキーなものが好きなのは今も昔も変わりませんが、嗜好がちょっと広がったかも。

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商品カタログという呪いの書

2022/05/11 23:54

ギフトの商品カタログが手元に届く機会があってペラペラと眺めていたのですが、どうやらこれは呪いの書だという事実に思い至るまでにさほど時間は掛かりませんでした。

食べ物から調理器具、日用品までありとあらゆる商品が所狭しと掲載されていました。この本が言うには「この中から1つを無料で差し上げますよ」と。なるほど困った、どれにしよう。

このレトルトカレーは本格的で美味しそうだな。いやこのスライサーがあれば料理の幅が広がるんじゃないか?ああ、このバッグもいいな、いざというとき役に立ちそう。

これがただの商品一覧と違うのは、願えば1つだけ商品を対価なしで手に入れられるということです。全てに入手可能性を見出すと不思議と全てが魅力的に映ります。しかしその他多くの入手可能性を捨てて1つを選び取らなければならない。そうなると一番自分にとって利益の高いものを追求したくなるものです。とはいえ、そもそも迷わずに「これが欲しい」と思うようなものは別の機会に自分から買いに行っていることが多いですから、そこから選び取る対象は「あったらいいけど自分からは買わない」(もしくは冷静に考えたら要らない)ものになりがちではないでしょうか。したがって強烈に惹きつけられることがないので、吟味する作業は長期化しがちです。1人で選ぶならまだいいですが複数人が集まればケンカのもとでもあります。つまりこれはどういうことかというと、多大なる労力をかけてさほど必要ではないものを選び取る作業です。

この本が届いたら最後、あなたは選ばずにはいられない。これが呪いでなくてなんなのか。

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ネガティブ・ケイパビリティ

2022/05/01 22:57

ネガティブケイパビリティ(negative capability)という言葉をつい最近知ったのですが、この概念は目から鱗でした。

ネガティブケイパビリティとは不確実だったり未解決であるものを受容する能力のことです。白黒はっきりつかないことや考えてもわからないことは世の中にありふれていますが、それらに対する耐性とも言えます。例えば、飛行機はどのような仕組みで飛んでいるのかほとんどの人は知りませんが、飛行機に乗る人たちは「まあなんとかなるんだろう」と受け容れて身を任せています。

この言葉を知った瞬間「あ、これ私に大きく欠如しているやつだな」と思いました。冷や汗。どこか外国ではそれまで肩こりの概念が存在しなくて、肩こりに相当する言葉が広まった結果肩こりの症状を呈する人が生まれたという話を聞いたことがありますが、それに近いような感覚を得ました。現に私はよくよく考えることを好むたちで、たいていのことは白黒はっきりつけることを好みましたし、飛行機には乗れませんでした。

かなり前に「曖昧なことをそのままにしておく力」みたいなことを聞いたことがありましたが、ネガティブケイパビリティと通底しているように思いますね。ただ以前その言葉を聞いたときは「そうはいってもはっきりさせるための不断の努力は必要だろう」と思ったものですが。疫病とその対応というとてつもなく不確実な問題を抱えた時代を生きているからこそ、出会って受け止められた概念なのかも。

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初めて自主的に分厚い本を読破した

2022/04/26 22:19

今細々と連載している漫画は「大図書館へ」という副題を持つ通り、いろんなひとたちが本を求めて歩みを進める物語です。そんな漫画を描いている私ですが、実は今の今まで本を読むのが大の苦手でした。

小学生半ばで少し本を読むマイブームはあったもののそれからはパッタリ。高校生の頃にいやというほど現代文の試験勉強をしたことで、活字に対して苦手意識が強まりました。大学では文系とカテゴライズされる分野を修めたにも関わらず、レポートの参考文献もおざなりに、ほとんど真面目に本を読まずに卒業しました。必要に迫られて何冊か本のページをめくることもありましたが、それでもまともに読破したのはせいぜい1、2冊程度だったような気がします(恥ずかしい)。

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